アカリ・トトゥルムが旅立つ前 かつてのトウカ族集落にて
第17話
「やる」
「何だこれは」
差し出されたものをたっぷりの間を空けて検分するのは、アカリ・トトゥルムである。それは毛皮で、短い毛が隙間なく敷きつめられ、細やかな光沢を放っていた。
「アレチヒネズミだ」
「アカリにくれるのか」
「やる」
「うん」
もらっておく、とアカリは僅かに目を細め口元を綻ばせたが、はたしてそこから喜怒哀楽を読みとれるものがどれほどいることだろう。そういった表情の乏しさは眼前のアキラ・トウカもそう変わない。むしろアキラの方が顕著であるとアカリは思っていた。(実際、後年のアカリは商人として多少の愛想や表情の読みとりにくさも補えるだけの愛嬌を身に付けたが、アキラは終生このままだった)
アレチヒネズミの毛皮は、たわませればそこに赤い光沢がたまり、伸ばせば毛のあわいから黒色の地肌がのぞく。急所の矢傷さえなければ見事なものである。獲物を捕らえるのに急所を射貫くのは、もはや彼の身体に染みついた癖といっていい。ひざいっぱいに広がる毛皮のあたたかさに、アカリはまた目を細め、機織り機をはさんで向かいにどっかりと腰かけたアキラへ、やわらかく声をかけた。
「だがな、アカリが探していると言ったのはもっと白くて小さいねずみだ」
「……」
「これはこれとしてもらっておく」
「そうか」
それきりアキラはアカリへ背を向けたまま押し黙り、彼にしては珍しく落ち込んでいるらしかったが、立ち去ろうというそぶりはない。
この幾つか年下の許婚がアカリへ贈り物を重ねるのはこの時に始まったことではなかったが、彼女の反応に一喜一憂する姿はなかなかにいじらしく、それなりに彼女の胸を打ったようだ。あるいは、毛皮がアカリの創作意欲に火を点けたのかもしれない。毛皮の表面に光の精を集めたり散らしたりして遊びながら、向こうの背中にかざしては、彼のマントをこしらえるため目算で寸法をとってやる。
「…今度は、白くて小さいねずみを狩ってこよう」
「いいよ。ねずみは生け捕りがいいんだ。アキラは獲物を生かしておくのが苦手だ」
「……」
「今度は、そうだな」
またぐっと押し黙ってしまったアキラの背へとかかったアカリの声は、ひとごとのように優しかった。
「ドラゴンの頸の玉でも探しておくれ」
嫁にいく気は無いらしい。