第10話 中編


 かつて平原地域に広く生息していた宝玉ラミア種は、旧エルフによりその絶対数を大きく減らした。殆んどの者は食われ、一部は厳雪の雪山へ、また一部は密林へ、森へ、荒地へと各地に散っていったという。
 厳雪地域に根付いた種は、過酷な環境に耐えながら雪蛇族となった。彼らの幸運は、蛇たちだけの暮らしが出来たことだろう。一方で、人里へおりた種はそういう意味では不運であったといわざるを得ない。
 森へ逃げ延びた蛇髪族などはまだいい方で、砂漠や荒地でのたのたとラミアのまま這うザイデン街道の彼らは殊に恵まれない。まず環境に対応しきれなかった男たちが倒れ、干からび、黒焦げの火蜥蜴のようになって死んでいった。遺されたのは苛烈で、情熱的で、恋に生きる乙女たちばかり。彼女らは多種族と次々に恋に落ちてはラミア以外の子を生せぬ胎のためにか別れ、宝玉を狙われて盗賊に狩られ、モストロと呼ばれ冒険者に討ち取られることさえあった。
 やがて彼女たちは自らの身を守るべく一定の掟を敷き、移動を繰り返す放浪のラミアとなったのである。
 放浪ラミアは、かつて娼婦の代名詞とさえいわれた。その噂の火元の一つがラミア煙草だ。特殊な香草を混ぜて固めた水煙草のブレンドは、ラミアには魔力循環の補助薬として働いたが、他種族には強い中毒性と堕胎作用を与える。その効用に気付いた誰かが娼館に持ち込み、そそのかされた彼女たちも小遣い稼ぎとしてばら撒いた。煙と宝玉に目をくらませ、手を伸ばしてくる男に本気の恋をした放浪ラミアも多く、実際に娼婦紛いのことをした者もある。彼女たちが得意とし、糧としてきた占いも歌も踊りも、上品には見られなくなった。
 とかく、放浪ラミアは複雑である。

「おやあ、アカリが来たヨオ」

 嬉しさを隠そうともせずぐるりとこちらに上半身を向けるオンバは、ここらのテント群に住まう放浪ラミアのまとめ役で、ザイデン街道に居る中では最も年老いている。目はとうに日差しに潰れ、黒くて丸こいサングラスを嵌めた、背筋の丸まった老婆だ。

「オンバ様が呼んだのでしょう。こんばんは。どうも、ご無沙汰しております」
「そうさア、オンバの占いは、千里眼だからネ。まあまあ当たル。アカリが来るかどうかは、マア、マア、賭けだったネ」

 顔をくしゃくしゃ歪めて笑うこの族長が、アカリは嫌いではない。向こうもそれは同じらしく、「アカリとオンバはトモダチだからネ」などと言う。

「して、その千里眼でわたしの"さがしもの"は見つけていただけましたか?」

 テントの中央に招かれ、とぐろの代わりに胡坐をかいて腰を下ろす。トウカ族の住まいに似た天幕暮らしが心地よく、旅装を解きながら目を細めた。アカリを取り囲む放浪ラミアの女性たちはしきりに冷えた鱗肌をすすめ、代わるがわる頭を撫でては愛用の櫛で髪を梳いていった。一夜明けて砂を焼く太陽が昇り、街外れのテントの外では赤金蟲がかっかと赤みを増していた。とはいえ断ると遠慮として受け取られるのはいかがなものか。尾先で頬をむにむにと揉まれついでに小首をひねる。

「まあネ」
「…本当に見つかるとは思いませなんだ。今はどこに?」
「まあたアカリとすれ違ったヨ。港町だネ」
「船に乗ったんですか。外ツ国に行ったのではないでしょうね?」
「乗ったけど戻ってきたようだネ。大冒険だったヨ」

 しばし黙したアカリは、気遣うように覗き込んできたリーベの身体へもたれて彼女を喜ばせた。
 ザイデン街道のラミアたちは、みんなアカリを妹か娘のように愛でる。愛でてめでて、街道を離れている間の分も取り戻さんとばかり甘やかす。酒やラミア煙草を隠して、天蓋にラケルタ様の織り込まれた布を垂らす。朝は尾を枕に寝かしつけ、夜はかいなに抱き上げる。当のアカリは、自分がラミアにも隔てなく商いをするからだろうと思っているのだが、実のところそれは、てんで的外れだった。

「恩に着ます、オンバ様。このお礼は何としましょう」
「そうだネ、煙草と、酒と、小遣いと…」
「ちょっとオンバ様、子供に頼むもんじゃないでしょう」
「どうしても必要ってんならあたしらが用立ててあげるからね、アカリちゃん」
「手厳しい娘たちだワア!ハハハ!困っタ!」

 オンバがぐつぐつと釜で湯を沸かすような声を洩らす。ぬるくなった砂糖茶を飲み干して、ますます渇いた喉に手をやるアカリの頭をこちんと冷やしたのは、ふと手持ちの水の妖精瓶の存在だ。「ああ」
 もっといいものを差し上げましょうと声を掛けると、オンバは両手を擦り合わせ、ラミアの娘たちはこぞって「いいのに!」と悲鳴を上げた。サングラスの下からきらきらした目が見上げてくるのを感じて、アカリは思わず胸を張る。

「こんこんと水湧く井戸はいかがです?」
「乗っタ!」

 そんな散財しなくていいんだと巻きついてくる放浪ラミアの一人ひとりに、なら姐さんはあれを集めてくれこれを探してくれと仕事を任せ、一宿一飯の恩にまた礼を述べると、アカリは軽くなったマントと重くなった金貨袋をつかみ、ゴーグルを下ろす。老いたリャマにも劣るのろさに、風の精霊がごうごう待ちきれずに入り口を開けた。テントを出る。

 砂漠〜荒野 ザイデン街道にて

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