第10話 後編


 港町の香辛料は思いのほか安く買い叩かれた。貝殻ボタンは珍重されたが、来年にはアカリと同じやり方で、もっと大規模な商団が市場に流通させるだろう。
 満腹の金貨袋を撫で、こちらの腹も満たしてやらねばなるまいと、上等の水晶さざれを買い込み、小ぶりながま口の魔法道具に流し込んだ。中ではすっかり舌の肥えた水の妖精が歓喜の声をちゃぷちゃぷ上げる。蒸気都市で買われ、はじめは何とかして瓶を割ろうと画策していた妖精も、平原の牧場で同胞を助けた行商には心を開いているらしい。砂漠の旅路も、マントの日陰に守られ、与えられた数枚の貝殻ボタンを代わるがわる額に当てては熱を逃がしやり過ごしてきた彼に疲労の色は見られない。
 「ふふふ」水色の輝きが出番はまだかと騒ぐのを見守り、アカリはがま口の金具を閉じた。次いで口を開けたがま口には、大枚のわけあり魔法札を丸めて突っ込む。
 このがま口、大陸中に出回るそう貴重でもない魔法道具だが、ほぼ無限に物がしまえるとあってアカリのような行商には重宝されている。詰め込めばつめこんだ分だけ重さがそのまま残るのが難点だが、そういう欠点があるからこそ手の届く値で売られているのだろう。

「さて、トット君もお腹はくちくなりましたか?」

 腹八分目に抑えたらしいトロッタロットは頭を振るって騎手が乗るのを急かす。「どうどう」脚を軽く叩いて上げさせ、防熱バンデージを巻き直し、砂が入り込まないように防護呪文のテープを上から留める。
 背に負ったなれない弓は腿や鞍へむやみにあたるので、面倒になって腰の弓筒にぐいと押し込んだ。ふう、と吐いた息は、酒気も帯びていないというのに燃えるように熱い。
 アカリが顔を上げると、耳の後ろを伝って汗が垂れた。砂は数瞬暗い色をたたえ、みるみる渇いてじゅうと鳴く。ひりつく鼻の頭に、水に溶いた日除け泥粉を塗り重ね、マントとゴーグルを装着する。

「出発しんこー」

 目指すは砂の街。渇き果てて枯れつくした元オアシス都市ザントキースだ。
 待ちにまった鬨の声に、トットは甲高く嘶いて、びゅんと景色を置き去りにした。



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 ザントキースが栄えていたのは、大陸鉄道が真横を通るより前、少なくとも2年以上は過去へ遡る。
 かつては商業連合の第7支部をおかれていたザントキースも、アカリが前にザイデン街道を訪れたとき、既に地図から消えかかっていた。まだ廃れかけて間もない街というのは、冒険者協会の天窓から飛び込んでくるお節介なティケラス鳥の群れが口々にその名を叫ぶものが常であるが、それを受けてなお持ち直すことなく2年も経てば、盗賊の根城とされやすいため商業連合のキャラバンからも迂回されるものだ。砂漠でなくともよくある話だが、ザントキースは井戸から滾々と湧き出る水だけでもっていた土地で、そこに胡坐をかいていたらしい。これといった特産品も商売の知恵もなく宿屋ばかりが軒を連ねる街は、いずれ魔女さまのくしゃみひとつで滅ぶという。そういう意味で、ザントキースはゴーストタウンの典型といえた。
 そういえば、あのレオパルディオ族の群れと別れたのもこの近くではなかったか。
 後方へ流れていく街並みを見送りながら、ふとそんなことを思い出した。

「やっ」

 腿をしっかと閉じて鞍とトットの身体をはさむ。トロッタロットの最高速度は大陸鉄道をもしのぐというが、せっかく“あたり”をつけた土地を離れるわけにもいかない。アカリは左半身を倒すように体重を掛けて左折させると、細かく風を切る羽毛に埋めていた鼻先を上げた。背筋を伸ばし、速度を落とさせる。

 もうもうあがる土煙はその中にいるモストロをのみ込み、追い越してアカリ達にも届きそうな勢いだ。ぎょろりと目を剥く一ツ眼が薄ら黄色く光る。巨体に見合った大腕をかいて進むサンドクリーパーが背後に迫っていた。マントの内側を探る。がま口を開ける。中では瓶越しに、妖精が水色の輝きをほとばしらせていた。成る程、「ここいらですか」手綱をくんと引き、指をするりと離すと弓を構え、照準を合わせたところですぐに下ろした。
 どう、と大砲のような音が響く。先ほどまでサンドクリーパーが這っていた場所を呑み込んだのは、それより更に大型のデザートワームであるらしい。わあ。アカリの口から間延びした声が出た。

「おちおちダウジングもできや、しない!」

 街の残骸を蹴り飛ばしながらトットが進む。
 軌跡を描く胴体を残してモストロの頭部が地中に沈んだ。次にばっくりと開いた口が飛び出てくるのは、アカリの真下でもおかしくない。だが。

「…大丈夫ですよ。追いつけっこない」

 ゴーグルの位置を直しながら、強がりでなくアカリが笑う。トットの心臓が張り裂けぬよう、やさしく首を掻いてやる。くるるるる。高い声が嘴の端から漏れるのを聞いて、また微笑むと体勢を変え、矢をつがえた。きゅうと弦が鳴る。弓がしなる。

「しっ」

 何の魔力も乗せていない矢は、デザートワームの顔をかすめて大きくそれた。銜えた二本目、三本目も、モストロの外殻を傷つけることなく消えていく。「馬上弓は苦手だったなあ」独りごち、色つきガラスの下で瞬く刹那に、昔のことを思い出す。懐かしいトウカ族の、年嵩の兄姉と慕っていた青年達の声がアカリの耳元で小さく爆ぜた。――アカリは弓より楽器の方がまだ似合う。いいや、歌の速さにもついちゃいけまい。せいぜいがところ、織機を弾いているのがいい。――四本目を外したところで、「ごもっとも」そう呟いた。

 びょうと空気の精がまあるく避けた道を抜けて、飛んでいく矢の筈から伸びたワイヤロープがぴんと張る。一拍置いて、鞍につけたリールが勢いよく回転を始め、矢とアカリ達の間に都合四本のワイヤが張りめぐらされた。
 港町を歩いたころどの船にも取り付けられていた対モストロ砲としての銛の射出機に着想を得たちゃちな武器だったが、案外うまくいきそうだ。
 小高いところまで駆け上がる。手綱を握ってトットを半ば無理やり停まらせ、落ち着けると、ワイヤのうちの一本をぐんと引く。緩んでいたワイヤが再びぴんと張られ、矢の着地点と、障害物と、アカリとを頂点に三角形を描いた。

――ババババババッ!

 機関銃の銃声にも似た音が響き、次いでデザートワームが驚愕の鳴き声をあげた。砂海蛇の眼元へ向けて炸裂したのは、ワイヤが触れた障害物、ハリセンサボテンの棘だ。怯んだデザートワームが進路を変える。すかさずアカリは次の糸を引き、弾き、次々とハリセンサボテンで威嚇した。

「ね、大丈夫でしょう」

 いつでも走り出せるよう構えるトットに、アカリはモストロから眼を逸らさないまま、やわらかい声を掛けた。不意打ちの初撃で片目は潰した。距離もある。ワイヤを握り締めて寸秒、アカリも目を閉じた。
 幼い、人間の商人である彼女の武器は、腕力でも、魔力でもない。暗やみの中から記憶をまさぐり、商館で頭に叩き込んできた地図帳を引っ張り出した。目を開く。
 記憶の中の地図と地形を視界に重ね、照らし合わせる。群生するハリセンサボテンは殆んど撃ちつくしてしまった。さてと。砂で切れそうな唇の端を舐める。「三十六計逃げるに如かずと申します」オンバ様にはまた次の水源を占ってもらいましょうと返した踵がぴたりと止まる。

「どうかしましたか?」

 動きを止めたトットの視線をアカリは追った。
 苛立たしげに地を打ったサンドワームの尾が、離れていたザントキースの街の端を潰した。その時だ。聞き覚えのある声の悲鳴を、アカリ達の耳が拾った。

「誰か!誰か…瓦礫が!姉ちゃんの足が!」
「やだ、やだやだやだもうやだあああ!!」

 ゴーグルをぐいと上げれば、モストロだ逃げろとがなる女に、年端もいかない子供たちがすがりついているのが見えた。黒い獣人、先日のレオパルディオ族だ。奴隷狩りから逃げてあてもなく、ザントキースの街に隠れていたのか。年長らしい女の足は崩落した建物の瓦礫に圧され、腿の半ばまで下敷きになっている。アカリがゴーグルを戻すよりも早く、レオパルディオの姉弟が一段と黒さを増した――否、モストロの尾の落とした影の真下に入った。アカリ達の視界も暗くなる。街から離れて逃げんと駆け出したトットを手綱で反転させたのと、鞍に固定していたワイヤロープのリールを蹴落として外したのはほとんど同時だった。

「予定変更です、トット君!」

 マントの内側をまさぐる。破れ目に指がかかって探り当てたのは、二束三文で投げ売られていた魔法札だ。がま口から引き抜いたそれらは、手の中で扇のように広がった。目を走らせて破損状態を確認する。手札から破損の激しいものを抜き取って咥える。対価は足元の砂で充分だろう。除いた札以外は手早く束にまとめた。

「変われ!汝はラケルタ様の剥がれた鱗!ロックウォール!」

 5本目、最後の矢にワイヤで札の束を巻き付け、放つ。破れた呪文を声で補えば、札は描かれた陣のとおり、ロックウォールの魔法を展開した。

――ドン、ドン、ドンドンドンドンドンドン…

 レオパルディオ族の姉弟達を覆うように、石の壁が次々と生え、ドーム状に結合した。ドオン、と最後に響いた地を揺るがす音は、サンドワームの尾がドームに当たって跳ね返ったときのものらしい。剥がれた石壁からのぞく姉弟はがっちりと抱き合い、固まっている。怪我はなさそうだが、次に何かあっても防げまい。比較的ましな状態の札を選んだってのに。
 尾を痛めたサンドワームが鎌首をもたげてゆっくりとこちらを振り返る。鞍から脅えたトットの震えが伝わってきた。一も二もなく駆け出すのを、今度こそアカリは止めなかった。姿勢を低くして加速を手伝う。

「トット君、そのまま走り続けて… 汝はランドドラゴンの鱗!ストーンウォール!」

 アカリ達の前方にドンドンドンと降ってきたような音を立て、飾り気もない石の壁が3枚出現する。大衆酒場の扉ほどもあるそれに、もげたドアノブほど穿たれた穴から、アカリはのたうつデザートワームの動きをうかがう。
 破れた、あるいは書き損じた魔法札ほど役に立たない物はないと人は云う。魔法札は、その表面に書き出された呪文や魔方陣によって魔法の発動を補助するありふれた魔法道具だ。当然、そこに書かれたものが誤れば魔法は発動しないし、まして大暴走の危険もある。未完成のパズルを突然手渡されれば困るのは人も精霊も同じなのだ。
 しかし、アカリは心得ていた。
 ストーンウォールの魔法は呪文で精霊に発動を伝え、魔方陣でその設計図を示す。それならば、呪文は口で補えばいい。初めから欠けた石壁を出すなら、破れた陣で何が悪い。そう、欠けた石壁が欲しかったんだ。

「蹴って!」

 眼前にまで迫った石の壁。そのアカリが指で示す場所を、トットが蹴り抜く。脆い穴あきの部分を狙われてぼきりと折れた石壁は、将棋倒しになってばたばたと砂地に身体を横たえた。3枚目の壁が倒れるが早いか、トットを駆ってその上へ跳び乗る。小高い砂の丘を滑る板は重力に押されて加速し、サンドワームの横を滑りぬけた。
 再び目を閉じ、記憶の書棚から助けになりそうな知識を引き抜く。『大陸モストロ白書』『鱗辞典』『武具レキシコン』『砂漠・荒野の護身魔法』『街道の歴史』――どれも違うと首を振ると、ようやくアカリは目当てのものを思い出した。記憶の書棚の、分厚い背表紙に指をかける。ページを繰り、出っ放しの地図帳と照らし合わせる。目を開いた。

「いいですか、わたしはこれから君の手綱を手放します。君は少し距離を取って離れて。――後で合流しましょう」

 3,2,1!
 戸惑うトロッタロットの手綱を残りの魔法札ごと宣言どおり手放すと、トットはそれでも指示通り足元の石壁を蹴り、一声大きく鳴いて駆け出した。アカリも石壁の上から飛び降り、ごろごろと下手な受身をとる。胸元でかばわれた水妖精は目を回しながらも、今までで一番大きく光り輝いた。トットの背に乗せて逃がしてやればよかったかと思いながらも、アカリは小さく笑ってしまう。
 街と、トットと、サンドワームの距離を目で測りながら、アカリは転がるように走った。苦手な駆け足は、すぐに砂に取られてもつれる。

「ストーンウォール!」

 アカリを追うサンドワームの下で、散った魔法札が発動し、すぐに折られた。折れた石の壁は、先ほどのアカリ達が乗っていたように、サンドワームの上体を乗せて砂の上を滑り、滑り、滑り――…サンドワームを線路の上に投げ出した。

 目を閉じ、アカリは息をつく。いつか読んだくたびれた表紙には『大陸鉄道時刻表』の文字があった。



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「暑ィ…」

 日頃高温の機関室で石炭を燃やし尽くさんと働く者とは思えない呟きが漏れた。口を開いた途端に口内を舐めて肺を焼く熱波が入り込んできた。火をくべなくても既にあついってどういうことだ? 砂漠の風は、車掌服のすき間から炎のように肌を焼く。
 暑いあついと悪態を吐くマティアス・ブロードに発破とも罵声ともつかない言葉をあびせたのは、彼の頭上でごうと火球を吹く契約精霊、サラマンダーのギリアムである。

「脆弱な…所詮は人間だな、小僧。この程度の熱風、そよ風ではないか」
「はあ?!外気温に此処の暑さが負けてるから言ってるんじゃねえか!」
「何だと?!」

 炎の精霊も、それと契約を交わす青年も、火の回りは石炭よりも余程はやい。言葉はカッと打たれた火打石となり、互いの導火線に火をつける。

「サラマンダーのギリアム様ともあろう者がこの程度か!そよ風さんよォ!?」
「言ったな小童ァアアア!!」
「わああああ…頼むから二人とも勝手に加速させないで!」

 石炭をくべるいとまも与えずごうと爆風を吹く焚口に悲鳴混じりの制止を叫ぶのは、決まって相方車掌トト・コットンの仕事である。ザイデン街道の沿線に、彼らの日常が走る、はしる。汽車は前の駅を出てまだ2時間ほどではあるが、せっかく予定速度を順当に守って、この数日で見慣れた砂漠と荒野の背景も残すところ3割というところまできた。仕事とはいえ、決して疲労のたまらない道のりではない。また速度超過の埋め合わせで焼け付くようなプラットフォームに長時間滞在するのは御免だった。トトの声に悲痛さが混じるのも仕方がない。
 ぐんぐんと次の駅が間近に迫ってやいないかと、恐るおそる前方を確認した彼の瞳に移ったのは、確かに大型の建物ほどの大きさをもつ、しかし駅などではない、長い身体を焼けた線路にだらりと投げ出し、ついた焦げ目にギャオオと叫喚を上げるサンドワームの姿だった。
 ぴたりと喧嘩をとめたマーティとギリアムの耳に、打って変わってぴんと張られたトトの声が響く。さあ、これも車掌達の仕事だ。三人の車輪はもう噛み合っている。

「サンドワームだ!目標前方600…500メートル!」
「了解!吹っ飛ばすぞギリアム!」
「様を付けろ小僧!」

 眼鏡のレンズに隙間なく押し当てた望遠スコープで素早く周囲を見回すトトの横を通り抜け、マーティはもう火炎弾にギリアムの加護をこめている。「線路脇に街とトロッタロット、女の子を捕捉!」ならミミズ野郎をその中間にぶち込めばいいわけだな。弾き出した弾道計算はざっくりとしたものだったが、そこは長年爆発物を取り扱った――好きで爆発させていたわけでもないが――経験が、確実に補完してくれるだろう。列車も、線路も、街も誰かの乗用幻獣も子供も傷つけない自信が彼らにはあった。

「撃…ッてえええ!」

 轟音、爆風。
 砂の煙から抜け出るころには、彼らは空高く打ち上げられたモストロの姿を背後に見送っていた。乗客を安心させるべくアナウンスを流し始めるトトを尻目に振り返った先、女の子が大きく手を振る姿が見えた気がして、マーティは口の端から小さく笑いを吐き出した。「へっ」汽車はまだ、止まらない。



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 サンドワームが槍のように突き刺さった地中からは、とめどない水が噴き出してきたという。こんこんと湧き出た水は、井戸どころか泉となり、癒しと静寂をたたえている。


 事件から数ヶ月経ち、ザントキースの街は心地よい落ち着きを得ていた。
 あの後、アカリはその日のうちに旅立ち、森へと消えていった。放浪ラミアを街に連れ、ここに残ると決めたらしい水の精霊と黒いレオパルディオ族たちに街の守護を任せて。
 「人手が足りないんです。何処かに、この息を吹き返したザントキースを守ってくださる屈強な用心棒は居ないものでしょうか」商業連合の支部を建て直させ、街の再興をとんとん拍子に設計したアカリは、私費で介抱させたレオパルディオ族たちにそう云って用心棒の契約を請うた。頭を下げたのは彼女の方で、一族の恩を返さねば沽券に関わると云ったのは彼らの方だ。
 自信も少数部族の出らしいアカリは、敬意の払い方をしっかりと心得ており、また、商人を許せない彼らの心根も承知していた。商業連合が放浪ラミアから泉の権利を買い上げ、月々に金銭を支払い、その半分の金銭を放浪ラミアが彼女達の用心棒として雇うレオパルディオ族に支払う。そういう面倒な手順を踏むようにしたのもアカリである。話はアカリの橋渡しでつつがなく進んだ。

 今、パタタッと夜風に耳を払うのはレオパルディオ族の青年だ。盗賊の襲撃に備えて見張りやぐらの上で尾先の泥をむしっている。聞こえてきたどかどかという音は、階段を滑るように登るラミアの這う音だと彼はもう知っていた。

「冷えるね」
「…ああ」

 隣、いいかい。言うや否や、放浪ラミアのリーベがとぐろを巻いた。つやつやした鱗の上で、金縁にくるまれた大小の魔石装飾品が揺れている。
 しばしの沈黙の後、白い息を吹きながら、青年がこぼした。「…あんた、あのアカリって娘と親しかったな」あれは、あの娘は何だと青年が問う。それは他のレオパルディオ族を代表しての問いで、激動の時間に呑まれてもみくちゃにされ、彼らの家の隅にぎゅうと押しやられていた疑問だった。
 あの娘はなぜ、自分たちにまで手を伸ばした?
 命ばかりはと膝つく彼女を逃がしたから?
 彼女は、あの場でレオパルディオ族の姉弟たちを助けたが、それ以降も決して彼らの盗賊行為を口にしなかった。底抜けのお人よしなのかと訊けば、そうではないとリーベが笑う。では、何故。

「そうねえ、少し、昔話をしようか…。あたしがあの子に最初に出会ったのは、今から2年以上も前よ。あんた等ももう気付いてるでしょうけど、あたし達は白い目で見られがちでさあ」

 ――あたし、その時に付き合っていた男がいたのよね。
 ――それがまあ、当時は夢中だったんだけど、なかなか悪い男でさ。
 ――愛し合っていると思ってたのはあたしばっかりで、あたしはそいつとの間に出来た卵を産んだんだけど、孵る前に割られちゃってね。わざとだって。
 ――問い詰めたら、もう笑っちゃうぐらい情けないこと言うんだ。何だと思う?
 ――『モストロの卵だ、売って何が悪い』だって。
 ――あたし達、ラミア族はね、御覧の通り身体に魔石くっつけて生まれてくるの。もちろん、卵の中にも小さな魔石がいっぱいあるわ。それを売る連中が存在すること、知らないわけじゃなかったんだけど、まさかって、ねえ?
 ――目の前が真っ赤になって、気付いたらもう辺り一面血の海でさ。
 ――あたしは卵の殻を抱き潰して、みじめったらしく泣いてたの。
 ――そこに通りがかったのが、そうよ、アカリちゃんで…あの子、ちょっと目を真ん丸くして、わたしにとことこ駆け寄って、言うの。
 ――『どうしたんですか。お腹が痛いのですか』って。
 ――薄暗いところだったけど血臭の酷い中で、あたしのお腹をさすって、痛いのいたいの飛んでいけって言うのよ。大丈夫ですよ、もう大丈夫ですよって言うの。

「魔石をアクセサリーにして身に着けておくことを教えてくれたのもアカリちゃんよ。あの子がこの魔石の出自を知っているわけじゃなくて、たまたま、放浪の民としての財産管理方法の助言だったんでしょうけれど…でもねえ、あたしは救われちゃったわあ」
「…そう、か……」

 うっとりと目を閉じるリーベの横で、青年も目を瞑る。

 別れ際、アカリに今リーベへと尋ねたのと全く同じ質問をした者がいた。それも若いレオパルディオ族で、ふんわり笑ったアカリの答えは当時彼らにはうまく理解し得ないものだったが、それが急にすとんと心に落ちた。

「アカリちゃんはね、きっと恩を売り買いしてるのね」

 リーベが言う。

 風の精霊はまだ、あの日のアカリの声をもてあそび、青年の耳へと投げて笑っていた。



――わたしはただの、汚らわしい商人ですよ。 



 砂漠〜荒野 ザイデン街道にて

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